鍵開けの代名詞とも言える「ピッキング」。その神業のような技術を支えているのが、「テンションレンチ」と「ピック」という、二つで一組の、基本的な道具です。この二つの道具が、鍵穴の内部で、どのように連携し、固く閉ざされた錠前を、無力化していくのか。その、物理学に基づいた、巧妙な原理を解説します。まず、主役の一人である「テンションレンチ」。その役割は、シリンダーに、常に、ごくわずかな「回転方向の力(テンション)」を、かけ続けることです。この、一見、地味な力が、ピッキングの成否を分ける、最も重要な要素となります。テンションをかけることで、シリンダーの内筒と、外筒との間に、ミクロン単位の、わずかな「ズレ」が生まれます。このズレこそが、ピッキングを可能にする、魔法の隙間なのです。次に、もう一人の主役、「ピック」の登場です。ピックの役割は、このテンションがかかった状態で、鍵穴の内部に並んだ、複数のピン(主に、上ピンと下ピンに分かれている)を、一本一本、探りながら、押し上げていくことです。テンションによって、シリンダーにズレが生じているため、下ピンを押し上げていくと、ある正しい高さになった瞬間に、上ピンと下ピンの境界面が、内筒と外筒の境界線(シアライン)に、引っかかるような形で、保持されます。これを、「セットピン」と呼びます。ピックの先端の繊細な感覚を頼りに、この「セット」される感触を、全てのピンで見つけ出し、一つずつ、順番に固定していくのです。そして、全てのピンが、シアライン上にセットされた、その瞬間。内筒を遮るものは、もはや何もありません。テンションレンチによって、かけられていた力が、ついに、内筒を回転させ、鍵は「解錠」されるのです。ピッキングとは、単に、鍵穴の中を、闇雲にかき回す行為ではありません。それは、テンションという、持続的な圧力の中で、ピックという、繊細な触覚を使い、錠前が持つ、ミクロの物理法則を、一つずつ、解き明かしていく、極めて論理的で、知的なパズルなのです。